墨入りタクシーゆる~く営業中

とある地方都市のタクシードライバーの日々の雑感

草臥れて

時が過ぎるのは何だかとても早くって、気付いたらもう9月です。飲食とか衣料品業界では良く「ニッパチ」、要は2月8月が暇な時期だ、なんて言ったりしますが、タクシー業界的には「ロック」、6月9月が最も仕事が無い時期だったりします。気候的にも暑くも寒くもなく、特にイベントも無い月ですしね、用事があってもちょっとの距離ならみんな歩くんですかね、何でかわかんないけどとにかく暇なんです。僕らは月締めの営業収入を元にしてその月のお給料を頂いているんだけど、まあ空梅雨だった今年の6月の給料は悲しいものがありました。思い出したくないので給与明細は物理的な、記憶は心理的なシュレッダーにかけて忘れる事にしました。しかしタクシードライバーの月給の安定しない事と言ったら、年一番の繁忙期の12月と比べて倍近く違うからね、一家の家計を預けている奥様の苦労も偲ばれるというモノです。

そんな暇な時期の空気にすっかり呑まれてしまった墨入りは、自堕落な日々を送っておりました。非番の日は基本ごろごろ何もしない、仕事中も空き時間に文章を打つなんてもってのほか、心がけていた読書もする努力を放棄し、ひたすらスマホでゲームしてました。マンボウを育てる育成ゲーム。このゲーム、ただただマンボウを愛でて育てていくだけ、という、やってて特に何のカタルシスも得られないクソゲーなんだけど、怠惰な一日をやり過ごすにはうってつけで、毎日やり込みました。ひたすらiPhoneの画面をフリックする事数ヶ月、ランキングはソシャゲー廃人に混じって全国ベスト50入り。いや廃人に混じってとか言うか僕も立派な廃人ですな。それなりに忙しい7月8月は(ゲームしながら)まあまあ頑張って働いたけど、そんな時期も過ぎ去り季節はまた9月の暇な時期に突入。ますますマンボウゲームも捗っていたんだけど、そろそろ少しアタマ使ってやらないと本当の廃人になるなという軽い恐怖を覚え、久しぶりにキーボードを叩いております。

…暇な時期のこの稼業の、自分がゆっくりと腐っていく様な感覚は経験した人にしか分からないと思う。人生なんて大袈裟なモンじゃないとは思うけど、待機中や付け待ち中に狭い車内で一人で過ごしていると、一分一分正確にbpm60の速さで過ぎていく時間と共に自分の人生が無駄にすり減っていくのを皮膚感覚で実感出来る。忙しい時期はまだそれなりに充実感的なものもあるんだが、暇な時期はホント駄目。これはなかなかの恐怖体験である。他人との関係性で揉まれて人間的に成長する訳でもなし、アタマを使って工夫して何かを作り上げる訳でもなし、ただただルーティンに、乗せたお客さんに行き先を聞き、3秒でその場所を思い浮かべ、そこまでのルートを頭の中で構築し(この瞬間だけは小さなカタルシス得られるけど)、走り出す。目的地に着き、料金を頂く。そんなルーティンワークが一時間に一本。こんなん十分に腐れるでしょ、っていうかここしばらくそんな感じで腐ってた。若い人材が入ってこない業界、なんて言われてるけど、20代の若者に「自分、タクシーに乗ろうと思うんですが」って相談されたら僕は全力でとめる。この仕事、若いうちからやるモンじゃない。人生色々こじらせてちょっとくたびれた40過ぎにこそふさわしい仕事だと思うから。人生の楽しい事や辛い事経験してない、本気で笑ったり苦しんだり悩んだりしてない真っ白い画用紙がタクシーなんて運転したら速攻色褪せるよ、無地のままね。そんなん見るに偲びないでしょ。あ、都会は知らんよ、僕の話はあくまで地方都市での話ね。

そんな墨入りは最近、仕事が終わった後、芋焼酎飲みながらこの曲を聴くのを日課にしておりました。


theピーズ ノロマが走っていく - YouTube



くたびれたタクシー運転手がピーズ好きとか、あまりにベタ過ぎて言いたくないんだけど、僕の最愛のバンドです。サウンドもいいけど何より詞がいい。大好きなんだけど仕事中はこのテの音は聴けないからね、家で酒飲みながら聴いてました。

戻らない人生も 半分はとっくだな
マチガイも温めよう 今更リセットもないさ
死ぬまで泳いでいく クタびれたかい そうかい
溺れるまでサボるかい 誰も手貸し切れないさ

外道にもなれた 卑怯にでも
で、どうにか生きた ショイ込んで続くんだ 続くんだ

帰らなきゃなんないか 足りないのは時間だけ
ノロマが走って行く しあわせなんてそんなもんだ

遠くまで起きていよう 終いまで見届けよう
イキついたツラで逢おう 待ち合わせなんて要らねえんだ

急ぐコトないさ 独りだろ
寝小便垂れて 温もりを見ろ 夢見ろ

ノロマでGO GO ノロマでGO GO
ヨダレ垂らして 乾かしキってGO

外道にもなれた 卑怯にでも
で、どうにか生きた ショイ込んで続くんだ
泣けんならいいさ 血吐くまで
どうにかなるさ それまで生きろ 生きのびろ

しあわせなんてそんなもんだ、どうにかなるさ、それまで生きのびろ。そんなモンかもね。っていうか、幸せだろうがなんだろうが、時間がきたら自動的に日付が変わって朝が来るんだよね。まず寝るか。そんな具合にものっ凄い低レベルで小さく前向きになりながらやり過ごす日々でした。

でも確かに、幸せなんてそんなもんかもしれないな。

タクシードライバーと疲労

タクシードライバーの仕事が純然たる肉体労働だって事は以前も何度か書いた記憶があるけど、ただ車を運転するだけなのに何で肉体労働なの?と不思議に思った人もいるかも知れない。確かに重い荷物を持つ訳でもなく、暑い寒いも車の中でする仕事だから関係ない。汗もかかないし筋肉も使わない。

でも、疲れるんです。僕は今まで色んな仕事をしてきた。職人もやったし、デスクワークもやった。個人事業主をしている時は満足に睡眠も取らずに働いていた。短期ではあるけど引越し屋のバイト、忙しいガソリンスタンドで一日中走り回りながら働いた事もある。けど、こんなに肉体を酷使する仕事はこの仕事が初めてだ。

なんでこんなに疲れるのかわからないけど、とにかく疲れる。狭い車内で、加減速やコーナーでのGを受けたり、路面の凹凸や停止中にも感じるエンジンの微振動に一日中さらされているのが原因だとは思うんだけど。ホントこればっかりは経験した人にしかわからないと思うけど、独特の疲労感が半端ない。深夜、時によっては明け方に一日の業務を終えて、洗車場に車を突っ込み、車外に降りた時の、あの、地面が揺れてるんじゃないかと勘違いする様な感覚はタクシードライバーでなければ味わえないと思う。いや、僕らも出来る事なら味わいたくなんてないんだけど。

ひーひー言いながら車を洗い、日報を締め、家に帰り、シャワーを浴びて空きっ腹にキツめのアルコールを流し込む。そこでやっと一息つけるんだけど、昂った神経はなかなか静まらず、僕はこの仕事に就いてから眠剤を常用する様になった。そうでもしなきゃ眠れないのだ。車を降りてから二時間近く経っているのに、ベッドに横になっても脳みそと内蔵がぐるぐるかき回されている様な感覚が消えない。ジーンという耳鳴りも消えない。うーとかあーとか、布団の中でもぞもぞやっているとそのうち眠剤が効いてきてようやく眠れる。

明け番の日は昼前に目覚めるんだけど、これがまた見事に前日の疲れが残っている。またまたうーとかあーとか言いながらキツい煙草を一服するとくらくらしてぶっ倒れそうになる。ただでさえ低血圧で起き抜けは辛いのに。ちくしょうめ、と思いながら取りあえず飯を食い、顔を洗い、歯を磨き、家族が帰ってくるまで何をしようかとダルい身体とぼんやりした頭で考える。読書やら文章書きとか、建設的な行為をする気にはとてもなれない。DVDで映画を見る気にすらなれない。思いつきでギターを手にしてみても、出てくるのは手癖で弾くダルいフレーズだけ。運指のトレーニングなんてする気にもならないので早々にやめ、ごろんと横になってまたうーとかあーとかやる。

このままじゃ一日が終わってしまう、と、少し気持ちが前向きになってきた頃、ようやく一念発起して自家用車を洗ったり、バイクを磨いたりの頭を使わない単純作業をしたり、天気によっては一時間位散歩したり。そうこうしているうちに家族が帰ってくるので、飯食って風呂入って洗濯して洗い物して米研いでまた酒飲んで。で一日が終わる。そして次の日また仕事、みたいな。

ウチの会社は非番公休が無いから、そんな日々がカレンダー関係なく続く。連休が月に二日もあれば多少はリセット出来るんだろうけどね、県民所得も日本最低レベルの斜陽の田舎町のタクシードライバーなんてそれじゃ稼げないからね。そんな毎日はそれこそあっという間に過ぎて行く。ゆるくやってるって言ってはいるけど、妻子持ちで住宅ローンもある身分、やはり仕事中はそれなりに気を張っている。働いた分しか収入にならない仕事だからね。それでも僕なんて業界では全然若い方、年齢的にも働き盛りだ。還暦過ぎの先輩も大勢いる業界だ。甘えた事ばかりも言っていられない。

だし、前のエントリで「精神的に気楽」な仕事、って書いたけど、その代償なのかな、とも思う。対人関係で楽してる代わりに、文字通り身体削って金稼いでる。そんな一面もこの仕事にはあると思う。

そういう事が色々分かってきた墨入りはもうすぐこの業界に入って丸4年になろうとしています。70歳まで稼ぐつもりで入ったこの世界、それでも続ける方にメリットがある、と踏んでの思いです。たまに休みたい時は、日曜の夜とかに早上がりしたりしてね。そうすれば翌日の月曜は一日丸々好きな事に使えるからね。世間で思われてる程酷い仕事じゃない、というのは、強がりとか全く抜きにした実感ですね。70歳までこの疲労感と付き合って行かなきゃならないのは若干気が重いけど、子供達が巣立って、ローンが終わるまで後10数年頑張れば、って考えれば気も楽になる。

墨入りの日常はそんな日々です。今日は珍しく休みの日にPCに向かって文章打ってます。

野良犬家業

今更言うのもアレだけど、タクシードライバーという仕事って結構特殊な仕事なんじゃないかと思う。勤務時間も少し変わっているし、狭い車内でお客さんと一定の時間を過ごすという仕事の様態も他じゃなかなかない所だ。これは改めてゆっくり書きたいけど、稼いだ営業収入の約半分を自らの給料にするという歩合給も、単純って言えば単純だけどやはり少し変わってる。

でも、タクシーの仕事の何が特殊かって、仕事が完全な個人プレーだって事だ。タクシー会社に所属し、法人タクシーのドライバーとして働いていてもそれは変わらず、例えば朝、会社に出勤し、点呼を済ませ車に乗り込んで車庫を出庫してしまえば、一日の業務を終えて再び車庫に帰ってくるまで、会社の同僚の誰とも口をきかないで一日を過ごす事も不可能じゃない。でもそれじゃ寂しいから、何処ぞで同僚や顔見知りのドライバーと行き会えば雑談もするし、道ですれ違えば手を上げて挨拶もするけど、同僚の中にはそういうの一切やらない人も実際にいるからね。すれ違っても挨拶もせず、業務が終わって洗車場で車を洗っている時も誰とも一言も口をきかない人。おはようございます、お疲れ様ですの挨拶すらしない人。そういう人、少なからずいる。

これってかなり特殊なんじゃないかと思う。僕の想像する限りでは、朝晩の挨拶すらしないとか、そういう行動が許される仕事って、タクシードライバーか、コンピューターを使って自宅でSOHO的に仕事している人位なんじゃないかなあ?一匹狼、なんてカッコイイ仕事じゃないと思うけど、タクシーの仕事って、野良犬程度には浮世のしがらみには縛られない仕事なんですよ。まあ一言で言っちゃえば、気楽。対人関係のストレスが全く無いに等しい。

この気楽さ加減は一度味わっちゃうとやめられなくなってしまう。対人関係のストレスって、時にはその渦中にある人の精神を壊してしまう程過酷なのは多くの人の知る通りだ。この業界に入って4年弱、ぬるま湯にどっぷり浸かっちゃっている僕は、多分もう普通の?仕事に戻れない。

この歳まで生きてくれば、人間の嫌なところなんて見飽きるくらい見てきた。同時に人間のいい部分も沢山見たけど。色んな組織に属したり、色んな人と関わりを持ったり。そんな中で思うのは、人と人との関わりの中で感じるいい悪いって、必ずしも人間性とイコールじゃないんじゃないかという事。もちろん誰に言わせても鉄板でいい人というのはいるし、何処からどう見ても嫌な奴というのもいるけど、それでも、役割と言い換えてもいいかも知れないけど、人と人との関係性の中では人間性の良し悪しはいい方にも悪い方にも往々にしてブレるんじゃないかと僕は思う。まあ人間性がいいだとか悪いだとか、随分不遜な物言いだけど。

そんな僕は、友達と仕事はしない、というのを信条にしている。仕事になると、普段見なくていい余計な所も見えたりするから。先人の言葉によると、他人に期待しないというのは人付き合いをする上でのひとつの真理らしいんだけど、それでも人の嫌な部分を見るのは決して面白い経験ではないし、避けられる事ならば避けたい。ましてそれで友達を失うなんて本当に辛いし、ああ、この人と職場以外の場所で知り合いたかった、なんて思った事も一度や二度ではない。

朝晩の挨拶をしないのは流石にあんまりだとは思うけど、そういう意味ではタクシー屋稼業はやはり気楽だ。業務の後に洗車場で話す事だって本当に他愛のないバカ話だし。そもそも色んな半生を過ごしてきた人の集まりみたいな場所だから、プライベートに踏み込んだ会話は殆どしないんだよね。出来ない、というか。たまにいる、強きを助け弱きをくじくみたいな嫌な先輩もそれなりに適当にあしらっておけばそれで済んじゃうし。

そんな、寒い時期に入るこたつみたいな職場で今日も営業中です。ちょっと人生にお疲れ気味の40がらみのオッサンにはちょうどいい稼業なのかも知れません。