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とある地方都市のタクシードライバーの日々の雑感

タクシーと事故

 

 

2月に入り、都内でタクシーが起こした死亡事故が2件立て続けに起きた。

 

 

10日早朝、東京・板橋区で、女性を車でひき逃げし死亡させたとして、71歳のタクシー運転手の男が逮捕された。

ひき逃げなどの疑いで逮捕されたのは、埼玉県熊谷市に住むタクシー運転手のO容疑者。警視庁によると、O容疑者は10日午前5時前、板橋区の山手通りを走行中、自転車で道路を横断していた40歳くらいの女性をはね、そのまま逃走した疑いがもたれている。女性はその後、死亡した。

当時、現場ではハザードランプを点灯させて停車する黒いタクシーが目撃されていた。調べに対しO容疑者は、「人をひいた覚えはない」と容疑を否認しているという。

 

ライブドアニュース(livedoor ニュース)より引用、一部加筆

 

2016年2月13日午後10時ごろ、東京都新宿区の一方通行の道路でタクシーが歩道に乗り上げて暴走し、はねられた女性が搬送先の病院で死亡した。

亡 くなったのは都内に住む30代女性とみられる。タクシーはビルの壁に突っ込み、歩道を歩いていた女性が巻き込まれた。警視庁は埼玉県の男性タクシー運転手 (68)を過失運転傷害の疑いで現行犯逮捕し、容疑を同致死に切り替え調べを進めている。運転手は「アクセルとブレーキを間違えた」と話しているという。

 

BIGLOBEニュースより引用

 

 

まずは、この事故で亡くなられた方のご冥福をお祈り致します。
同じタクシードライバーとして他人事ではない思いも当然あるんだけど。
多分、タクシードライバーたる僕と一般の方ではこのニュースを見て感じる点が少し違うんじゃないかなあという風に考える。その事についてちょっと書いてみようと思う。


タクシー業界はこういう事故がいつ起きてもおかしくない状態に置かれているという事は、乗客としてタクシーを利用される方も頭の片隅に入れておいてほしいな、と思う。事故を起こした(一人は一部容疑を否認しているみたいだけど)ドライバーの年齢を見てみて欲しい。一人が71歳、もう一人が68歳。二人とももう立派な年齢だ。自分の身近にいる70歳の姿、を思い起こしてみて下さい。その方達はどんな様子ですか?


タクシーの仕事というのは決して楽な仕事ではない。地方都市のタクシーでも1回の勤務で150kmから200km、繁忙期や休前日になると250kmから300kmは走る。しかも市街地オン リーで。300kmも走ると、三半規管が狂ってくるのか、平衡感覚がおかしくなったりする。具体的に言うと、例えば冬場凍結路面を走っている時に、タイヤがグリップを失って滑っているのに気付くのに一瞬タイムラグが生じたりする様になる。感覚で分からなくて、あれ、オレ今滑ってる?って他人事みたいに気付いてそれから大慌て、みたいな。

ちょっと分かりにくければ、運転の3要素、認知、判断、操作の、認知と判断の間にかかる時間が大きくなる、と言えば分かりやすいだろうか。とにかく普段は皮膚感覚というか脊髄反射というか、呼吸や歩行と変わらない位認知と判断の間に時間差がほとんど無いのが我々がプロドライバーたるゆえんなんだけど、それがおかしくなってくる。これが、いくらドライバーとしての旬は過ぎたとは言えバリバリの働き盛りの年齢(ちなみに45歳) の僕ですらそうなのだ。これが70歳前後の方となるとどうなるか。想像してみて欲しい。


要は疲れてるんだな。建前上は業務時間内に計3時間の休憩を取る事になっているけど、現状ではのんびりした田舎のタクシーでも、例えば仮眠室で横になったり、休憩所で足を伸ばして、などという休憩などはまず取れない。取ったとしても車内でのアイドリングタイムを休憩と称しているだけ、という状態だ。全く休憩らしい休憩を取っていないドライバーも多いだろう。僕が営業している地区はまだ手書きの日報なので、ちゃんと休憩を取っているかどうかをチェックする術は運行管理者や会社にはない。まあチェックする気もあるようには見受けられないけど。そんな建前上の休憩込みの1回の勤務の拘束時間が16時間以上。日本中のタクシードライバーは慢性的に過労状態にあるのだ。


多分、事故を起こした2人の方は年齢からいって嘱託として雇用されていたと思うので、具体的にどういう条件で乗務していたのかは分からないけど(僕はこの部分を一番知りたい)、厳しいノルマが課された状態での勤務だったのだとしたらその年齢の方には酷な話だ。東京のタクシーは恒常的に1日300km以上、日 によっては500km近く走る激務だと聞く。還暦を優に過ぎた歳で楽に、満足にこなせる仕事ではないと僕は思う。

 

事故の当事者の、それぞれの供述もよく読むと複雑だ。「アクセルとブレーキを踏み間違えた」って… そのレベルの運転しか出来ない人が緑ナンバーの車両運転しちゃダメでしょ、ごくごく普通に考えて。
も う1人の方に至っては「人をはねたという意識はない」と供述しているとか。これ、偽証しているのだとしてもタクシードライバーとしてはかなり問題なんだけど、しらばっくれている訳じゃなくて本当の事を話しているのだとしたらそれこそ大問題だ。どういう精神的、肉体的状態で運転していたんだという話。同じドライバーとして背筋がうすら寒くなる思いだ。


今回の事故は、突き詰めていくと今の社会の構造、何故その歳になってもタクシードライバーという決して肉体的に楽ではない職場で働かなければならないのかという問題に帰着すると思うんだけど、まあそういう話になると一介のドライバーに過ぎない僕にはどう しようもないからね、せめてこれから原因を究明するであろう当局にはしっかりと調査してもらって、それをきちんと公表して対策を講じてもらいたいと思う。 運行管理とか、ホントにずさんな業界だから。不幸にも亡くなられた方もいる訳だし。

#会社で運行管理者に聞いてみたら、高齢ドライバーに対する講習って今でも行われているんだってね。内容までは聞かなかったけど、まあ機能していないんだろうな。こういう事故が起こるって事は。


あと、乗客としてタクシーに乗車される方は、是非後席であってもシートベルトを締めて欲しいと思う。事故に遭って怪我をしてから「ドライバーが悪い」などと言っても痛めた身体が元に戻る訳ではないから。そして全国のタクシードライバーの平均年齢は60歳…繰り返すけど、運転にプロのスキルを要求するにも限度がある状況なのだ。ならば、自分の身は自分で守るしかないだろう。


本来は「あってはならない事」なんだけど、実際現実に起こっている事実だからね。