墨入りタクシーゆる~く営業中

とある地方都市のタクシードライバーの日々の雑感

クリスマス雑感

世の中師走である。師走の街というのも独特の雰囲気で、12月に入った辺りからデパートのショーウィンドーはクリスマス仕様に変わり、コンビニの店員やピザ屋の宅配バイクのお兄ちゃんの格好はサンタの衣装になる。ショッピングモールに行けば年越しの準備の買い物をする人でごった返し、夜の街は忘年会に出て来た人で賑わっている。タクシードライバーなんて世相ウォッチャーみたいなもんなので、余計に慌ただしさが伝わってくるのかも知れないけど。

当然仕事も忙しく、というか、年一番の繁忙期なので、そういう意味では喜ばしい時期には違いないんだけど、僕は昔からどうもこの師走のうわついた感じが苦手で、12月は車外の喧騒をよそに、辛気臭い目つきで相棒のプリウスのステアリングを握る季節でもある。

この季節が苦手なのは、タクシー稼業に就く前からだ。20歳を過ぎた頃にはもう感じていたような気がする。時代はバブル末期、年末の喧騒も狂乱と言ってもいい位騒がしく、そしてそれを誰もおかしいと思っていなかったので、とてもそんな思いを口に出せるような雰囲気じゃなかったけど。

先週辺りからカーラジオからは引きっきりなしにクリスマスソングが流れている。山下達郎、ワム、松任谷由実、あとなんだっけ?まあ毎年この時期になると聴かされる曲だ。別に悪い曲じゃないんだけどいい加減聴き飽きたので、ラジオを切り、iPhoneにFMトランスミッターを繋いで一枚のアルバムを選び、プレイボタンを押した。

 
プロテクション

プロテクション

 

 

Massive Attack "Protection"。イギリス・ブリストル出身のバンドのセカンドアルバムだ。所謂「ブリストル・サウンド」を代表するバンドで、曲調は暗くて重く、しかしリリカルなエレクトリック・ダブ。別に斜に構えている訳ではないんだけど、こういう状況にはすごくハマる。かれこれもう20年も前にリリースされたアルバムだけど、未だにたまに聴く。20年も聴き続けてるって考えると結構凄いね、まあ名盤です。

このCDを買った当時はネット通販なんてない時代で、レコードやCDが欲しい時はレコード屋で買うしかなかったんだけど、このCDともう一枚をレジに持って行った時に、店員さんに「いいCD買うね」って褒められたのを覚えている。相当貴重な廃盤でもそれなりのお金さえ出せばワンクリックで買える昨今だけど、店員さんとのこういうやり取りする楽しみはなくなったなぁ。中古番屋に行ってエサ箱漁る(中古盤がアルファベット順に突っ込んである段ボール箱の事をエサ箱と呼ぶんです)ような事もめっきりしなくなりました。

話をクリスマスに戻す。一度、女友達に、クリスマスの時期になると感じるこの感情はなんなんだろう?と問うた事がある。悩んだ時にいつも的確なアドバイスをくれる、心の中で師匠、と呼んでいる奴なんだけど、師匠曰く「光が明るく輝けば、暗い部分もより目立つでしょう?そういう時期なのよ、昔話でも多いでしょ、マッチ売りの少女とかフランダースの犬とか。賑わいの中に、多分知らず知らずのうちにそういう闇の部分を見てしまってるんじゃないかしら?」と。なるほどなあ。流石師匠。

という訳で、墨入りタクシーはクリスマスが終わるまでネクラ営業です。どよーんとした音楽が流れているどよーんとした眼をした髪の長い無口なドライバーが転がすタクシーに乗ったらそれ、多分僕です。待機中は太宰治読んでます。生まれてすいません。

夜明けのブルース

特定秘密保護法案の騒ぎに紛れてこっそり?と国会で可決されたタクシー減車法案について思うことを書こうかと、空いた時間にちょこちょことテキスト打っていたんですが(仕事が繁忙期に突入したので未完のまま更新は頓挫)、僕も大好きな新進気鋭のブロガー、luvlifeさんTwitterで紹介して頂いたらアクセス数がどかんと上がったので、ちょっと色気を出して予定を変更して読み物的なエントリを書こうと思います。

某月某日。年末の、ひどく忙しい日のAM4時過ぎ。普段はこんな時間まで営業してないんだけど、年末くらいは頑張らなきゃならない。あと一本走ったら流石に帰るかな、と思っていると、繁華街の雑居ビルの前で僕と同じ位の年の頃のお兄さんが手を挙げた。深深と雪の降る中、ハザードを焚いてドアを開けると、乗車するのは連れのスナック勤務と思しき妙齢の女性。時間からしてアフター帰りか。明らかにアルコールをオーバードーズしていらっしゃる様子(要は飲み過ぎてる)。心配顔の、人の良さそうなお兄さんに見送られながら千鳥足でご乗車してきた。


ドアを閉めるなり、お姉さんは何もそこまで、という大声で行き先を告げてきた。「◯◯通りに託児所あるでしょ、そこまでやって!」と、ものすごいテンション。いやそんな大声出さなくても聞こえるから。しかしこの時間に子供迎えに行くのかよ、やっぱり夜更けは客層がディープだなあとか思いながら走り出した。


そもそもこんな時間に託児所に子供を迎えに行くお客さんは初めてで、僕も場所がうろ覚えだったので、ちょっと男好きする感じの中々美人なお姉さんの、超ハイテンションな道案内で目的地に向かう。


「そこの左側!すぐ戻って来るからちょっと待っててね」。託児所の前に着くと、お姉さんはそう言い残して雪の上をハイヒールを履いた千鳥足で建物の中に入って行った。僕は、つーかお姉さん、そんなんで子供連れて来れんのかい?と、半分心配、半分あきれながら彼女の後ろ姿を見送った。


が、3分位経って戻ってきた彼女の姿を見て僕は驚愕した。さっきまで男好きする感じの「女」だった彼女の表情は、すっかり一人の母親の顔つきになっている。まだ2歳にならないくらいの子供を抱いて歩く足取りもしっかりしている。女ってこんなにスパッとスイッチを入れ替えられる生き物なのだろうか。軽く言葉を失いながらドアを開け、彼女の家に向けクルマをスタートさせた。


年末の喧騒も何処へやら、明け方の街は流石にクルマもまばらになってきた。細かな雪が降り続ける道を静かに走る。お姉さんは、さっきまでのハイテンションは影もなく、ぐっすり眠っていたところを起こされて眠そうな子供に小さな声で話し掛け、二言三言ネガティブな独り言を呟く。 こういう状況で余計な詮索はしたくもないが、恐らく母子家庭なのだろう。斜陽の地方都市なんてネオンと喧騒に彩られた師走の街から5分も走ればこの静けさだ。身に沁みる寂しさは都会の比ではないだろう。都会や夜の街の賑やかさがあれば寂しさとは無縁だなんて思わないが、その真っ只中にいればその間は少なくともそれを感じずには済む。


何かくだらない与太話でも披露すれば良かったのだろうか。彼女の気晴らし位にはなったかも知れない。でも話すべきことは全く思いつかなかった。気が利かない無口なドライバーは黙ってクルマを走らせた。


程なくして彼女の家の前に着いた。僕は、ありがとうございます、〇〇円になります、と料金を告げた。彼女はたっぷり時間をかけて僕にじらす様に小銭を一枚づつ渡し、「ちょっと待っててね、家のカギ探すから」と、さらに時間をかけてハンドバッグの中を探った。それが、クルマを降りた瞬間に向き合わなければならない現実に対する躊躇なんだな、と気付いたけれど、まあ僕にはどうする事も出来ないわな。仕方ないからいつもの様に、ありがとうございました、に念を込めた。人生色々あるよね、まあお互いぼちぼちやろうよ、それと余計なお世話だけど、飲み過ぎには気を付けなよ。



念を送るたびに思うんだけど、結構相手に伝わっている気がする。視線とか声のトーンとか、会釈の角度とかで。伝わっているといいなっていつも思う。

オトナの世界

文筆家の世界には「タクシーの中で経験した事をネタに書くようなら小説家を廃業した方がいい」という言葉があるらしいです。どういう意味で言い伝えられている事なのかわからないけど、まあ基本的にタクシーの中で繰り広げられる会話は大半は取るに足らないセーフトピックスだし、逆にタクシーのドライバーなんて10人中8人はちょっと変わった人生を歩んでいるのが通り相場だから、言うなれば小ネタの宝庫でもあるわけで、恐らくはそういう両方の意味があるんじゃないかと想像します。

 

とは言え、一日何十人というお客さんと狭い車内で接する僕達はたまになかなかに興味深い経験をしたりします。お客さんがタクシーの中に持ち込んでくる「物語」は、確かに小説、…芸術にはなり得ない三文芝居なのかも知れないけど、時々僕達ドライバーの胸を打ちます。そんな、僕が経験した市井の人々の悲喜こもごもをを書いてみたいと思います。

 

 

地方都市のタクシーは、基本的に一方通行なんですよ、繁華街や駅などからお客さんの目的地に走り、帰りは空で帰ってくる。まれにお客さんを降ろしてすぐに別のお客さんを拾う事もあるけど、そういう事って、あればラッキー、位な事で、まあ滅多にあることじゃない。

 

某月某日。その日は結構忙しい週末で、今考えたら春の終わる頃だったと思う、夜も更けた、恐らく午前2時過ぎ、一人のお客さんを繁華街から郊外の住宅地まで運んだ。さあて戻るべ、と繁華街に向けて急いでいると、ひと気のない真っ暗な道端で女の人が手を上げている。えーこんな時間にこんな場所で実車かよ、と思いながらハザードランプを焚いて女の人の前で車を停めた。 女の人、というよりは女の子だ、まだ20代前半だろう、仕事帰りな風情で地味なスーツを着込み、少しおどおどした様子で車内に乗ってきた。 「〇〇通りの××ビルも前まで…よろしいですか?」全然いいっすよ、どうぞどうぞ、とドアを閉め、目的地に向けて走り出した。

 

僕は基本的に自分からお客さんに話し掛ける事はまずない。大江戸さんなんかは結構お客さんとお話される様だけど、僕は「寡黙な運転手」を芸風にしてるので、お客さんに話し掛けられたらそれに合わせて会話する程度だ。でもこの時はあまりに意外な場所で意外な客筋の人を拾ったので、思わず、これからご出勤なんです?と言葉を掛けた。

 

すると女の子は「今まで職場の飲み会で…タクシーで帰ってきたんですけど、さっき会社の人から電話があって…また戻るところなんです」との事。 聞けばこの春から勤め始めた社会人1年生で、本社から偉いさんが来ててもてなしの会合だった由。呼び出したのはその偉いさんだった様で、「だからどうしても断れなかったんですよ…」と、世の中に出て触れた勤め人の世界の不条理に当惑している様子だった。

 

あー、と思わず心の中で苦笑してしまった。そんな非常識な時間の非常識な理由の呼び出しにわざわざ出掛けて行くこと無いのに、このコはまだそういう処世術わからないんだな。

 

少し迷ったけど、僕は、お客さんさあ、余計なお世話かも知れないけど、こんな時間の呼び出しなんて断っていいんだよ、夜中の2時過ぎでしょ?はっきり断るのが差し障りあるなら電話に出ないとかさあ、風呂に入ってましたとか寝てて気付きませんでしたとか、言い訳なんて幾らでもあるじゃない?などと大人のズルさを話してしまった。

 

そんな話、するべきじゃなかったのかも知れない。この類の処世術なんてこれから社会に揉まれていくうちに彼女自身で、彼女のやり方で学んでいくべきものなのかも知れないから。でも、心底参っている風に見える彼女の様子を見ていたら話さない訳にいかなかった。

 

女の子は「ですよねえ…」とつぶやき、目的地に着くまでの間、愚痴にもならない、初めて触れる大人の世界で感じた戸惑いを話し続けた。不器用だけどいいコだな、って思いながら僕は彼女の話をずっと聞いていた。僕にもこんなナイーブだった頃があった筈だ。もう思い出せない位昔の事だけど。

 

目的地に近付くと、ビルの前に若い男が立っていた。「あの人の前で停めて下さい」と女の子。きっと彼女の先輩なのだろう。ハザードを焚き、クルマを停め、料金を戴き、ドアを開けた。

 

出迎えに来たのだろう、彼女に電話したのもあるいはこいつなのかも知れない。「本当に来ると思わなかったよ」と先輩風情がにやけた顔で女の子に言葉をかけた。右も左も分からない新卒の後輩の女の子一人かばえない三下だ。どんな世界にもいる類の人種だと分かっていても気分は悪かった。さっきまでのほんわりした気分は一発で吹っ飛んだが、当然一介の運転手が何か言える場面でもない。仕方ないので、ありがとうございました、の言葉に念を込めた。お客さん、これが大人の世界なんだ。でも絶対負けるなよ、と。

 

 

…と、この程度のドラマにはたまに出くわす仕事です。三文芝居かも知れないけど結構面白い。墨入りタクシー、今日もゆるく営業中です。