墨入りタクシーゆる~く営業中

とある地方都市のタクシードライバーの日々の雑感

タクシードライバーと疲労

タクシードライバーの仕事が純然たる肉体労働だって事は以前も何度か書いた記憶があるけど、ただ車を運転するだけなのに何で肉体労働なの?と不思議に思った人もいるかも知れない。確かに重い荷物を持つ訳でもなく、暑い寒いも車の中でする仕事だから関係ない。汗もかかないし筋肉も使わない。

でも、疲れるんです。僕は今まで色んな仕事をしてきた。職人もやったし、デスクワークもやった。個人事業主をしている時は満足に睡眠も取らずに働いていた。短期ではあるけど引越し屋のバイト、忙しいガソリンスタンドで一日中走り回りながら働いた事もある。けど、こんなに肉体を酷使する仕事はこの仕事が初めてだ。

なんでこんなに疲れるのかわからないけど、とにかく疲れる。狭い車内で、加減速やコーナーでのGを受けたり、路面の凹凸や停止中にも感じるエンジンの微振動に一日中さらされているのが原因だとは思うんだけど。ホントこればっかりは経験した人にしかわからないと思うけど、独特の疲労感が半端ない。深夜、時によっては明け方に一日の業務を終えて、洗車場に車を突っ込み、車外に降りた時の、あの、地面が揺れてるんじゃないかと勘違いする様な感覚はタクシードライバーでなければ味わえないと思う。いや、僕らも出来る事なら味わいたくなんてないんだけど。

ひーひー言いながら車を洗い、日報を締め、家に帰り、シャワーを浴びて空きっ腹にキツめのアルコールを流し込む。そこでやっと一息つけるんだけど、昂った神経はなかなか静まらず、僕はこの仕事に就いてから眠剤を常用する様になった。そうでもしなきゃ眠れないのだ。車を降りてから二時間近く経っているのに、ベッドに横になっても脳みそと内蔵がぐるぐるかき回されている様な感覚が消えない。ジーンという耳鳴りも消えない。うーとかあーとか、布団の中でもぞもぞやっているとそのうち眠剤が効いてきてようやく眠れる。

明け番の日は昼前に目覚めるんだけど、これがまた見事に前日の疲れが残っている。またまたうーとかあーとか言いながらキツい煙草を一服するとくらくらしてぶっ倒れそうになる。ただでさえ低血圧で起き抜けは辛いのに。ちくしょうめ、と思いながら取りあえず飯を食い、顔を洗い、歯を磨き、家族が帰ってくるまで何をしようかとダルい身体とぼんやりした頭で考える。読書やら文章書きとか、建設的な行為をする気にはとてもなれない。DVDで映画を見る気にすらなれない。思いつきでギターを手にしてみても、出てくるのは手癖で弾くダルいフレーズだけ。運指のトレーニングなんてする気にもならないので早々にやめ、ごろんと横になってまたうーとかあーとかやる。

このままじゃ一日が終わってしまう、と、少し気持ちが前向きになってきた頃、ようやく一念発起して自家用車を洗ったり、バイクを磨いたりの頭を使わない単純作業をしたり、天気によっては一時間位散歩したり。そうこうしているうちに家族が帰ってくるので、飯食って風呂入って洗濯して洗い物して米研いでまた酒飲んで。で一日が終わる。そして次の日また仕事、みたいな。

ウチの会社は非番公休が無いから、そんな日々がカレンダー関係なく続く。連休が月に二日もあれば多少はリセット出来るんだろうけどね、県民所得も日本最低レベルの斜陽の田舎町のタクシードライバーなんてそれじゃ稼げないからね。そんな毎日はそれこそあっという間に過ぎて行く。ゆるくやってるって言ってはいるけど、妻子持ちで住宅ローンもある身分、やはり仕事中はそれなりに気を張っている。働いた分しか収入にならない仕事だからね。それでも僕なんて業界では全然若い方、年齢的にも働き盛りだ。還暦過ぎの先輩も大勢いる業界だ。甘えた事ばかりも言っていられない。

だし、前のエントリで「精神的に気楽」な仕事、って書いたけど、その代償なのかな、とも思う。対人関係で楽してる代わりに、文字通り身体削って金稼いでる。そんな一面もこの仕事にはあると思う。

そういう事が色々分かってきた墨入りはもうすぐこの業界に入って丸4年になろうとしています。70歳まで稼ぐつもりで入ったこの世界、それでも続ける方にメリットがある、と踏んでの思いです。たまに休みたい時は、日曜の夜とかに早上がりしたりしてね。そうすれば翌日の月曜は一日丸々好きな事に使えるからね。世間で思われてる程酷い仕事じゃない、というのは、強がりとか全く抜きにした実感ですね。70歳までこの疲労感と付き合って行かなきゃならないのは若干気が重いけど、子供達が巣立って、ローンが終わるまで後10数年頑張れば、って考えれば気も楽になる。

墨入りの日常はそんな日々です。今日は珍しく休みの日にPCに向かって文章打ってます。

野良犬家業

今更言うのもアレだけど、タクシードライバーという仕事って結構特殊な仕事なんじゃないかと思う。勤務時間も少し変わっているし、狭い車内でお客さんと一定の時間を過ごすという仕事の様態も他じゃなかなかない所だ。これは改めてゆっくり書きたいけど、稼いだ営業収入の約半分を自らの給料にするという歩合給も、単純って言えば単純だけどやはり少し変わってる。

でも、タクシーの仕事の何が特殊かって、仕事が完全な個人プレーだって事だ。タクシー会社に所属し、法人タクシーのドライバーとして働いていてもそれは変わらず、例えば朝、会社に出勤し、点呼を済ませ車に乗り込んで車庫を出庫してしまえば、一日の業務を終えて再び車庫に帰ってくるまで、会社の同僚の誰とも口をきかないで一日を過ごす事も不可能じゃない。でもそれじゃ寂しいから、何処ぞで同僚や顔見知りのドライバーと行き会えば雑談もするし、道ですれ違えば手を上げて挨拶もするけど、同僚の中にはそういうの一切やらない人も実際にいるからね。すれ違っても挨拶もせず、業務が終わって洗車場で車を洗っている時も誰とも一言も口をきかない人。おはようございます、お疲れ様ですの挨拶すらしない人。そういう人、少なからずいる。

これってかなり特殊なんじゃないかと思う。僕の想像する限りでは、朝晩の挨拶すらしないとか、そういう行動が許される仕事って、タクシードライバーか、コンピューターを使って自宅でSOHO的に仕事している人位なんじゃないかなあ?一匹狼、なんてカッコイイ仕事じゃないと思うけど、タクシーの仕事って、野良犬程度には浮世のしがらみには縛られない仕事なんですよ。まあ一言で言っちゃえば、気楽。対人関係のストレスが全く無いに等しい。

この気楽さ加減は一度味わっちゃうとやめられなくなってしまう。対人関係のストレスって、時にはその渦中にある人の精神を壊してしまう程過酷なのは多くの人の知る通りだ。この業界に入って4年弱、ぬるま湯にどっぷり浸かっちゃっている僕は、多分もう普通の?仕事に戻れない。

この歳まで生きてくれば、人間の嫌なところなんて見飽きるくらい見てきた。同時に人間のいい部分も沢山見たけど。色んな組織に属したり、色んな人と関わりを持ったり。そんな中で思うのは、人と人との関わりの中で感じるいい悪いって、必ずしも人間性とイコールじゃないんじゃないかという事。もちろん誰に言わせても鉄板でいい人というのはいるし、何処からどう見ても嫌な奴というのもいるけど、それでも、役割と言い換えてもいいかも知れないけど、人と人との関係性の中では人間性の良し悪しはいい方にも悪い方にも往々にしてブレるんじゃないかと僕は思う。まあ人間性がいいだとか悪いだとか、随分不遜な物言いだけど。

そんな僕は、友達と仕事はしない、というのを信条にしている。仕事になると、普段見なくていい余計な所も見えたりするから。先人の言葉によると、他人に期待しないというのは人付き合いをする上でのひとつの真理らしいんだけど、それでも人の嫌な部分を見るのは決して面白い経験ではないし、避けられる事ならば避けたい。ましてそれで友達を失うなんて本当に辛いし、ああ、この人と職場以外の場所で知り合いたかった、なんて思った事も一度や二度ではない。

朝晩の挨拶をしないのは流石にあんまりだとは思うけど、そういう意味ではタクシー屋稼業はやはり気楽だ。業務の後に洗車場で話す事だって本当に他愛のないバカ話だし。そもそも色んな半生を過ごしてきた人の集まりみたいな場所だから、プライベートに踏み込んだ会話は殆どしないんだよね。出来ない、というか。たまにいる、強きを助け弱きをくじくみたいな嫌な先輩もそれなりに適当にあしらっておけばそれで済んじゃうし。

そんな、寒い時期に入るこたつみたいな職場で今日も営業中です。ちょっと人生にお疲れ気味の40がらみのオッサンにはちょうどいい稼業なのかも知れません。

墨入りタクシーが推す、車内BGM5選

前のエントリでも書いたとおり、僕がiPodFMトランスミッターで仕事中に音楽を聴くのは暗くなってからだ。昼間のお客さんはお年寄りが多いし、地元のAMラジオが面白いので、地元のキー局の番組が放送している時間帯はAMラジオを流している。なので、僕が選曲した音楽を聴く(はめになる)お客さんの客筋は、駅から乗せた遠出帰りのお客さんかお酒を飲んだ帰りのお客さんだ。それを念頭に置いて読んでもらえれば。

 

  The Rolling Stones / Let it Bleed

 

Let It Bleed

Let It Bleed

 


まずはローリング・ストーンズが1969年に発表した、ロック史上に燦然と輝く名盤。僕なんかがああだこうだ解説する必要なんてないですね。個人的な好みで言うと、'72年発表の「メインストリートのならず者」の方が好きだし実際仕事中もたまに流すんだけど、車内BGMとしてはこっちの方がふさわしいかな。
何がいいって、もう全てが素晴らしい。捨て曲無し、どのタイミングでお客さんが乗ってきても困る事が無い。自分が、たまの飲み会で喋り過ぎた帰りに拾ったタクシーの車内にM2"Love in Vain"なんかが流れていたら最高だよね。"Well, it's so hard to tell, it's hard to tell When all my love's in vain"。伝説のブルースマンロバート・ジョンソンのカヴァーなんだけど、「上手く言えないんだけど…」のくだりがたまらなく良い。この後ストーンズはどんどんバンドの規模が大きくなっていって、ロックミュージックを取り巻く環境も変わっていったのかな、規模の大きなスタジアムロックになってしまったけど、この頃はまだ、最先端のユースカルチャーたる音楽だった。いや、丁度両者の境目なのかな、でも、そんな音楽が放つ、独特のキラキラとした輝きが眩しい位に感じられるアルバムです。

 

 

 The Allman Brothers Band / Brothers and Sisters

 

Brothers and Sisters

Brothers and Sisters

 

これも問答無用の名盤ですな。オールマンはどのアルバムもいいんだけど、やはり車内BGMとしてはこの盤が最強。初期のハードブルースロック全開の頃、デュアンがまだ生きていた頃ね、も凄く聴き応えあるんだけど、デュアン・オールマンのギターってかなり耳に刺さるんですよ、自分でもちょっとギターをいじる立場としては最高の褒め言葉なんだけど、BGMとしては少しうるさいの。演奏のテンション物凄くたっかいし。デュアンと言えば「愛しのレイラ」でのスライドプレイが有名だけど、あの曲のあのギターのイントロも実はデュアンが考えたんだって説もあるらしいですね。この歳になってもクラプトンの良さが分からない僕は、曲としては「愛しのレイラ」は全然好きじゃないですが。
このアルバムは、いい意味でポップなんだな。聴きやすいの。どの位ポップかっていうと、自家用車をドライブ中にこれを流してたら、連れ添って14年にもなるんだけど夫の趣味をまっっっったく理解しない嫁が、これ誰の曲?ふうん、こういうのも聴くんだ、よくわかんないけど、後でアタシのiPhoneに入れといて、って言う位。相当です。そう言えば、仕事中にコレ流してて、お客さんから「素敵な音楽ですね」というお褒めの言葉を2回程頂いたんですが、思い出してみれば二人とも女性でしたね。ジャケットのアートワークも秀逸。

 

 

 White Light White Heat / The Velvet Underground

 

White Light White Heat

White Light White Heat

 

 
人に聴かせる為のBGMって、なんだかよくわかんない音が適している事も多い。あくまでバックグラウンド・ミュージックであるからして、変に歌詞やメロディが耳に残ってしまう音よりは、右から左に流れてしまう音、もしくは雑音のように全く理解不能の音の方がふさわしかったりする。#もしかしたら、だから歌詞が日本語の音楽はBGMに適さないのかも知れない。
で、そういう意味ではコレ、最高の盤です。わけわかんなくて、そして妖しい。僕がこの盤を流すのは絶対に夜、しかも夜の街の混沌がより深い週末だ。チカチカと眩しい街のネオンやクルマのテールランプの河、明滅する信号機、パトカーのパトランプ。そしてそんな灯りによって一層際立つ闇の深さ。そんなシチュエーションにバッチリハマる。去年他界したヴォーカルのルー・リードは生涯ニューヨークという街を愛した。生まれもブルックリンで、生涯の大半をそこで過ごしたという。NYという大都会の中で作られた曲が夜の街の喧騒に合うのは当然かも知れない。
M2"The Gift"やM6"Sister Ray"が流れている時に乗ってきたお客さんは「当たり」だ。車窓を通して眺める、何の変哲もない斜陽の田舎街の眺めが、映画のスクリーンで見るNYの街並みに見える。ある種の優れた音楽は、こういう既視感を聴く人の頭の中に実に見事に描き出す。ルー・リードとヴェルヴェッツがこのアルバムで描いた絵は賑々しくも妖しい夜の街だ。

 

 

  Twelve / Patti Smith

 

Twelve

Twelve

 


「パンクの女王」パティ・スミスが2007年にリリースしたカヴァー曲集。タイトルの通り、ジミ・ヘンドリクスビートルズドアーズニール・ヤングなどのロック・クラシックのカヴァーが12曲収められている。
元々カヴァーが上手い人だったんですよ、初期の頃にカヴァーした、Themの「Gloria」やThe Whoの「My Generation」は、ロック史の中でもオリジナルを凌駕するほどの名演とされている。そんなパティが穏やかなトーンで演奏した12曲は、どれもオリジナルの良さを殺さず、しかも上手くパティの色に染められ、一枚のアルバムとして統一感すら出ている。誰もが知っているクラシックを12曲もこんな風に一枚のアルバムにまとめたのは本当に素晴らしい仕事だと思う。
車内BGMとして聴いたときも、演奏しているのは有名な曲のカヴァーだからして、オリジナルを知っている人が聴いた場合「お、このGimme Shelter、誰が演ってんの?」ってな具合に会話の糸口になる可能性もある訳だ。未だそういう機会はないけれど、ロック好きがチョイスするBGMとしては悪い選択じゃないと思う。
アルバムを通して強く感じられるのは、パティ・スミスの、ロックに対する愛情の様なものだ。それは選曲からもアレンジからも感じられる。象徴的なのは、Nirvanaの「Smells Like Teen Spilit」を演奏している所か。ロック的厄年の27歳で夭折したカートの魂を癒すかの様な静かなアレンジで歌われるこの曲を聴いた時、僕は、僕の中にも未だ流れ続ける中二病的病理も一緒に癒されているかの様な錯覚を覚えた。それが正しかったのかどうかはともかく、生前からカート・コバーンはそういう類のロック・イコンだったのは公然たる事実だったし、'90年代以降に描かれた楽曲でこのアルバムで演奏されているのはこの曲だけなのだ。僕の様な聴き方をしてしまった人も多いのではないだろうか。

 

 

 Black Dub / Black Dub

 

Black Dub

Black Dub

 


最後は割と最近のアルバムを。U2等のプロデュースで知られるダニエル・ラノワが腕っこきのミュージシャンを集めて始めた僕の大好きなプロジェクト。もう好き過ぎてどんな言葉を弄すればいいのか分からないので実際聴いてもらうのが一番いいのだろう。聴いて下さい。

 


Black Dub - I Believe In You
"Black Dub"というプロジェクト名通りのダブ調の一曲。ヴォーカルのトリクシー・ウィートリー、このセッションの時は20代前半な筈だけど、それでこの貫禄はなんなんだ。絶句。鼻ピアスと手首のタトゥーもCool。大体僕はミニのワンピースにブーツというファッションに弱いのだ。ハスキーヴォイスのトリクシー嬢にもうメロメロです。


Black Dub - Surely
先の曲とは打って変わって、サザンソウル調の一曲。ダニエルのギターが素晴らしい。音色、旋律、バンド内での立ち位置、全てが完璧。曲自体は良く聴くとただのR&Bで、少し古臭い曲調なんだが、それを微塵も感じさせないプロデュースにも脱帽。一流のプレイヤーが集まって作り上げた、完璧な仕事。その素晴らしさに言葉もございません。
…考えてみれば、何か「仕事」をやる時には3人か4人位が一番いいように思う。普段のタクシー業務は個人プレーばかりだけど、僕も久しぶりにバンドやりたいなあ、なんて思わせてくれる一曲です。

 

 

iTunesの再生履歴を見ると墨入りタクシーの車内ではこんな感じの音楽が流れている事が多い様です。お客さんとは殆ど音楽の話になんかならないんだけどね。ごくたま~に話を振ってくるお客さんがいらっしゃる位。

生活の中でじっくり音楽を聴く時間って、意外と取れないモンなんで、そういう意味ではありがたい仕事です。墨入りタクシー、今夜も音楽聴きながら営業中です。